東京高等裁判所 平成4年(ラ)1051号 決定 1993年3月30日
抗告人
阿井みどり
外一四五名
抗告人一四六名代理人弁護士
後藤昌次郎
同
藤田正人
抗告人一四六中名、阿部川弘外四三名代理人弁護士
尾崎陞
抗告人一四六名中、阿部川弘外一一名代理人弁護士
青木孝
右代理人尾崎陞復代理人弁護士
池田眞規
同
新井新二
同
藤本齋
同
加藤晋介
同
福島武司
同
児玉勇二
同
小林和恵
同
斎藤一好
同
船尾徹
同
山本真一
主文
一 本件抗告を棄却する。
二 抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一抗告人らは、「原決定を取り消す。」との裁判を求め、その理由として主張するところは、別紙「理由補充書」、「理由補充書(二)」と題する各書面記載のとおりである。
二当裁判所の判断
1 一件記録によれば、次の事実が認められる。
(一) 抗告人ら(一四六名)は、平成四年一〇月一二日、国を被告として、原審に、「(1)自衛隊員等のカンボジア等への派遣等の禁止、(2)自衛隊員等のカンボジア等への派遣は憲法違反であることの確認、(3)抗告人らそれぞれが、自衛隊員のカンボジア派遣による財政支出により被る損害の内金一万円の支払い」を請求する訴え(東京地方裁判所平成四年(ワ)第一七八四九号)を提起し、右訴えの訴額を一四六万円として一万二一〇〇円の収入印紙を訴状に貼用した。
(二) 原審の裁判長は、平成四年一一月一七日、抗告人らに対し、訴え提起の手数料の不足額として収入印紙五二万二五〇〇円を命令到達の日から二一日以内に納付すべき旨の補正命令を発したところ、抗告人らは、右所定の期間内に納付を命じられた右手数料を納付しなかったので、平成四年一二月二三日、民事訴訟法二二八条二項に基づき、本件訴状を却下する命令(以下「本件命令」という。)をした。抗告人らは、平成四年一二月二八日、本件命令に対し、当審に即時抗告の申立てをした。
(三) 抗告人らのうち、抗告人杉山隆保、同中島光子を除く、その余の抗告人ら一四四名は、平成五年一月二七日、前記(1)、(2)の請求にかかる訴えだけを取り下げし(その結果、右抗告人らの請求は前記(3)の請求だけとなった。)、抗告人らは、申立手数料として、収入印紙一万二五〇〇円を追貼した。
2 抗告人らは、本件命令が発せられるまでの手続、ひいては本件命令に違法があると主張するが、訴額は、裁判所が、民事訴訟法その他の法令に則り職権で算定するべきものであるから、仮に、抗告人主張の事実があったとしても、本件命令に違法があるとはいえない。
3 抗告人らは、本件命令における訴額の算定方法の違法をいう。
本件訴訟の訴額を算定すると、各抗告人らの請求について、前記(1)の請求及び(2)の請求の訴額は、非財産権上の請求として民事訴訟費用等に関する法律(以下「費用法」という。)四条二項により九五万円とみなされるが、両請求は、訴えをもって主張する利益が同一であるから、両請求の訴額は併せて九五万円になり、(3)の損害賠償の請求の訴額は一万円であるが、同法四条三項の適用によりその訴額は多額である(1)、(2)の請求の訴額によることとなるので本件訴訟の訴額に算入せず、結局、抗告人らの請求の訴額は、抗告人らそれぞれにつき九五万円であり、本件訴訟の訴額は、右訴額を合算すると一億三八七〇万円になり、訴状に貼用するべき印紙額は五三万四六〇〇円である。したがって、抗告人らが既に納付した収入印紙額一万二一〇〇円に不足する額である収入印紙五二万二五〇〇円の納付を命じた原審の補正命令に違法はない。
抗告人らは、抗告人らの(1)の請求と(2)の請求とは、訴えの対象が被告の一個の行為(不作為)であるから、その訴額は、抗告人ら全員の請求を一括して九五万円とするべきであると主張する。しかし、抗告人らの訴えの対象である被告の行為は一個であっても、抗告人らが被告の行為の差止めや違法であることの確認により受ける利益は、抗告人ごとに個別独立であって同一とはいえないから、本件訴訟の訴額の算定は、抗告人ら各自の請求ごとに個別的に算定した訴額を合算するのが相当である。抗告人らの右主張は理由がない。
4 抗告人らは、前示のとおり訴えの一部を取下げたことにより、本件訴訟の訴額は合計三三四万円(その内訳は、抗告人杉山隆保、同中島光子の請求については、その訴額は各九五万円、その余の抗告人らの請求については、各一万円)と算定され、これに対する申立手数料は二万四六〇〇円であると主張する。
そこで、検討すると、訴え等の申立ての手数料については、費用法は、訴えなど同法所定の申立てをするには、手数料の納付を要し、手数料は訴状等に収入印紙を貼って納めなければならないとし、手数料のない申立ては不適法と定めている(同法三条、六条、八条)こと、右手数料の算出の基礎とされる訴額は、訴えにより主張する利益を基礎に算定される(費用法四条一項、民事訴訟法二二条)こと、最初にすべき口頭弁論期日の終了前における訴えの取下げがある場合に手数料額の一部が還付されること(費用法九条二項)などの各規定に照らすと、申立手数料の額は申立て時、すなわち訴えの提起の時を基準として算出され確定するものと解される(民事訴訟法二二三条)。ちなみに、訴額により定まる事物管轄の基準時は訴えの提起時である。そして、訴え提起のときとは、訴状が裁判所に提出されたときと解される。仮に、訴えの提起に瑕疵がある場合でも、訴状の提出がある以上、訴えの提起自体は存在し、補正することにより右瑕疵は治癒され、訴状提出による訴えの提起が遡って適法なものとなるものであり、補正されたときに訴えの提起があったものとされるものではない。したがって、訴え提起時に訴状に貼付された収入印紙の額が申立手数料の額に不足したが、後に追貼された場合においては、当初あった瑕疵は補正により治癒され、訴えなどの提起は適法になるが、右補正のために追貼すべき収入印紙の額は、右補正のときではなく、訴状が裁判所に提出されたときを基準に算定されることになる。
抗告人らは、申立手数料算定の基準時である訴えの提起とは、訴状が裁判所に提出されたときではなく、裁判長が訴状に瑕疵がないと認めるか、又は訴状に瑕疵があるときはその瑕疵の補正が行われて訴状が適法として受理するべきものとされて送達手続が開始されるときであり、そのときまでに請求が減縮されれば手数料額もこれに応じて減縮されると主張するが、前記費用法等の趣旨に照らすと、申立手数料は、申立て時である訴状が裁判所に提出されたときに算定されると解されるから、右主張は理由がない。したがって、抗告人らの一部が、その訴えの一部を取り下げたとしても、本件訴訟の訴額を三三四万円として、申立手数料を算出することはできない。そうとすると、本件訴えの申立手数料は、右訴えの一部の取下げにかかわらず、結局、五三万四六〇〇円ということになる。抗告人は、訴えの取下げの遡及効により、取下げた部分の請求は、訴額算定の基礎にならないと主張する。しかし、申立手数料は、裁判制度を利用しようとする者が反対給付として国に納付するものであって、私人と国との間の公法関係に基づくものであり、申立てにより納付義務を生じるものであること、訴額算定の基準時が前記のとおり訴状その他の書面を裁判所に提出したときと解されること、前記手数料額の一部の還付について前記の規定があることからすると、申立手数料の納付義務の存否を、本来訴訟法上の制度である訴え取下げの遡及効にかからせることが相当であるとは考えられない。
以上によれば、本件訴状を却下した本件命令は正当であり、本件抗告は理由がない。
三以上によれば、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法四一四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官伊東すみ子 裁判官宗方武 裁判官水谷正俊)
別紙理由補充書(一)(二)<省略>